思い込みは行動変容をさまたげる3

『反省』って、辛いこと?



前回の内容をうけて、


本来の「反省(振り返り)」について考えてみましょう。


まず、私たちが日常的に経験していることとして言えるのは、他人に強制されるのではなく「自ら」自分を振り返れば、いろいろと「気づく」ことがあるということです。


自分の良いところに「気づけ」ば、うれしかったり、ちょっぴり自信がついたり、ほのかな幸せや成長の実感を得るのは自然なことです。


もちろん、自分の足りないところ、弱いところ、恥ずかしいところにも「気づく」でしょう。そんなときは悲しかったり、「辛かったり」するわけです。でも、それも人間として、とても自然なことです。


ここで大切なことは、やっぱり自分はダメだという「自分観」の枠に囚われるのはなく、「これから、どうしたらいいかな?」と、自分で考え始めるきっかけにすることです。


自分を変えていく方法を、他人から強制されるのではなく、自らの意志で考えて、決心し、実行するのであれば、それも「自由」で「自然」なことです。

しかも、「成長」につながります。


これって、とても楽しく、ワクワクすることではありませんか


たとえ、反省の「きっかけ」は辛い出来事であったとしても、その出来事の後で、自らの意志で行う「反省(振り返り)」は、決して「辛いだけ」では終わりません。


むしろ希望の光が見えてきます。「反省(振り返り)」のおかげで、辛い出来事は過去のものとなり、今の自分はそれを糧として未来に向かう自分であることに「気づく」からです。

さらに、より深く「自分の内面」を振り返れば、自分の中のちっぽけな思い込みや囚われなどに「気づき」はじめます。


それは、いったん気づいてみれば、本当につまらない、ちっぽけなことなのですが、そのことに気づくまでは、それにこだわり、囚われ、振り回され、無駄な努力をしていたことに「気づき」ます。

すでにご紹介した「ダメな自分」という「自分観」も、その一例でしたね。



このように「気づき」は自分を「発見」し「解放」すること。「ちっぽけな思い込み」から、自分を解放することになるのです(自己解放)。

そんな「気づき」があるのは、「反省(振り返り)」のおかげなのです。



必要なとき自ら「振り返る」のは自然なこと


私たち人間には、他人から強制されなくても、「自らの意志で反省する」という