思い込みは行動変容をさまたげる7


すべては最善のために起こる-「世界観」


「すべては最善のために起こる」という「世界観」です。


もちろん、客観的・科学的に見れば、この世で起こるすべてのことが、最善であると証明することはできません。

しかし、起こったことを、「どのように解釈するか?」という問題であれば、その答えは私たち一人ひとりに任されています。


なぜならば、どんな状況であれ、私たちには自分の態度(物事をどのようにとらえ、向き合うか?)を選択する「自由」があるのですから。


そこで、思い切って、この世で起こるすべてのことは、「最善のため」に起こるのだと思い込んでみてはいかがでしょうか?


ポイントは、起こったすべてのことが「最善だ」ではなく、「最善のために」すべてのことが起こるということです。

もちろん、この世の出来事には、決して「最善の出来事だ」と思えないことがたくさんあります。


しかし、それらは、将来に最善な結果をもたらすために、どうしても欠くことのできないプロセスとして起こったのだと思い込み、それが起こるのには、何らかの「意味がある」はずだと信じてかかるのです。



そんなことの、一体何が素晴らしいのでしょうか?


例えば、戦争の騒乱により収穫期を逸したワイン用のブドウに、その地方独特の秋の濃霧でカビ菌がつき、しわしわに腐敗したブドウを目の当たりにした農家が、そのブドウを捨てるのではなく、それを活かして果汁を絞ったところ、ルイ十四世が「ワインの王様」と絶賛するワインを醸造することができたように・・・(以下の「『貴腐ワイン』の由来」をご参照ください)。


「すべては最善のために起こる」と思い込んでいる人は、日常のあらゆる出来事にメッセージや可能性を感じ取り、ちょっとした出来事からも豊かな意味や価値を醸し出す「知恵」を働かせるようになるのです。


後日、人生を振り返り、


「あの時、手痛い失敗を経験したからこそ、今の自分がある」


「あの苦難のおかげで、多くのことを学ぶことができた」


と言えるように、人生の苦難さえも宝物に変える「知恵」が働くということです。


それは、実務においても、困難や苦難を感謝して活かす「知恵」です。


その「知恵」があれば、困難や苦難にくじけそうになる自分を励まし、仲間たちにも希望の光を見せることができるでしょう。


これは素晴らしいことではないでしょうか?


「すべてのことは、最善のために起こる」

この思い込みを「選び取る」ことで、何の費用もかからず、私たちはそんな「知恵」を身につけられるのですから。




「貴腐ワイン」の由来

 1650年頃、ハンガリーのトカイ地方で、オスマン帝国による侵略の影響で、ブドウの収穫が遅れたために偶然造られたワインが、世界最初の「貴腐ワイン」とされる。

 ルイ十四世は、贈られたトカイ産貴腐ワインを、「ワインの王にして王のワイン」と絶賛したと伝えられている。

 「貴腐」とは、セミヨン、リースリングなど白ワイン用ブドウ品種で成熟した果粒に、ボトリティス・シネレアという菌(カビ)だけが単独で感染した場合、果汁中の水分が蒸発し、糖度が増し、貴腐香と呼ばれる独特の香りを持つようになる現象。

 「高貴なる腐敗」という意味で「貴腐」と呼ばれる。


本原稿は、株式会社ジェック『行動人』から転載・加筆いたしました。

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