事業の定義を考える

ドラッカーは、著書『チェンジ・リーダーの条件』(ダイヤモンド社 2000年)

の中で、以下のように述べている。


--「われわれの事業は何か」との問いへの答えのうち、大きな成功をもたら

したものでさえ、やがて陳腐化する。事業に関わる定義のうち、50年はも

ちろん30年でさえ有効なものはあまりない。10年が限度である。


--(中略)「われわれの事業は何になるか。事業の目的や性格に影響を与え

るおそれのある環境の変化は認められるか」「それらの予測をわれわれの定

義すなわち事業の目的、戦略、仕事にいかに組み込むか」を問わなければな

らない。


確かに事業環境の変化は激しく、「我々は何屋なのか?」を絶えず問いかけ、

企業そのものが提供する価値を再定義していく必要がある。

しかしながら、これを実現するのは簡単ではない。

過去の成功体験に寄りすがりたいのが人であり、簡単に事業の定義を変えら

れるものではない。


森下仁丹は、1893年創業の老舗医薬品企業。

仁丹をメインに売っているように見えるが、現在の事業の柱は二つある。

仁丹やサプリメントを扱う「ヘルスケア事業」と、液体や固体を包む「カプ

セル事業」だ。


このカプセル事業は、もともとは仁丹を包むものとして20世紀の終わりに

開発されていた。

もし、事業の定義を「口中清涼剤開発販売」とか「ヘルスケア事業」に絞り

込んでいたら、現在のような状況にはなっていないはずだ。


ここに、事業の再定義があった。


「仁丹会社」から「カプセル会社」への転換だ。

このカプセルの技術を食品やヘルスケアだけではなく、他の事業に展開する

ことにしたのだ。

そのコアは「シームレスカプセル」にあった。


現在は、このシームレスカプセルがレアメタルの回収や白アリの駆除剤など

にも応用されているという。

自社の商品のためのカプセル技術を他社の商品にまで広げたのだ。

ここにも成功の核がある。


しかし、この事業転換を行うには、外部の異端者が必要だった。


現在の駒村社長が商社から転職し、入社したのは2003年。

駒村社長は、負け犬根性が染みついた社内を回り、未来を語り、行動する社

員を引き上げ、行動しない社員は降格させ、自社が社外からどう見られてい

るのかを考えさせ、「過去の栄光にすがる組織文化」から、「未来と外部に

目を向け、オンリーワンの技術を活用する組織文化」に変えていったのだ。

その延長線上でのカプセル技術の応用である。


「我々は何屋になるのか?」を問いかけ、新しい時代に適応した。そのときに

一番重要なのはこの「企業文化」が未来思考、組織思考になっていることだ。

これがなければ、どんなに優秀な商品、サービス、戦略も成功しない。



<参考>

森下仁丹株式会社 ホームページ http://www.jintan.co.jp/

老舗「森下仁丹」が生まれ変わったワケ(鈴木博毅 東洋経済ONLINE 2014年)

http://toyokeizai.net/articles/-/55247

創業 1964年6月

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