仕事が好き!を放置しない

大相撲三月場所が開催中である。

残念ながら、この場所の番付に稀勢の里の名前は無い。


稀勢の里は、けがをきっかけに不振が続いても、引退せず、休場して出直すということを続けたが、結果的に道半ばで引退することになった。

この引退に関して、「横綱の引き際の美学」から、様々な意見もあった。

「横綱は、土俵に上がり続けなければいけない」という重圧から、しっかりとけがを治す時間が取れなかったのではないかとも思う。


これを企業の出来事としてとらえるとどうなるか。

もっとも、力士の場合は、後進の指導にあたる親方になるので、相撲界から引退したのでも、部屋を辞めたわけでもない。

ただの職種変更とも見なせるが…。


横綱とはいえ、「部屋の一員で、横綱という地位にいる」ということは、「一企業の従業員で、その部署のスタープレーヤー」と同じだと考えると、当然、管理者=親方がおり、そこで管理監督や指導があってしかるべきである。


「世の中からの勝って欲しい、休まないで欲しいという熱い期待」は、「彼にこの仕事を担当して欲しいという、お客様からの熱烈な要望」ともいえる。


期待に応えなければ…という重圧で、充分休めない、ということであっても、従業員を守るという点から、十分な休養を取らせるのが普通の企業であろう。

これを「本人が望んでいるから」「顧客の熱烈な要望」だからということで、放置したり、本人の判断に一任したりというのは、管理の放棄にしか映るまい。


「本人が、仕事をしたいと言っているから、毎月200時間残業を容認した。

とはいえ、好きでやっているので、残業代はなし」とか、「お客様から明日納期の仕事が入ったので、今夜は徹夜。翌日も休みはなし」と36時間労働を認めるというようなことは、普通の感覚ならおかしい。