信頼関係のある背景情報が蓄積されていますか?

『のぼうの城』という小説がある(和田竜著,2007年,小学館)。

1590年、埼玉県行田市にあった北条家の支城である忍城を石田光成が包囲する。

城代となった成田長親は、戦うことを決意する。


そのような状況の中で、成田家の家老であった正木丹波守利英は、領内の農民に石田光成と戦うことを伝え、城内に籠るように伝える。


しかし、負ける戦とわかっている農民は納得しない。

誰が戦をしようと言ったのか、農民が問うと、「長親だ」と侍大将がこたえる。

するとそれまでとは意を翻して城に籠ることに賛同し、隠し持っていた武器防具を用意するという場面がある。

相手は2万3千人の軍勢、こちらはわずか500人しかいないにも関わらずである。


なぜそうなるのか?


「のぼう様」と呼ばれた城代の成田長親は、普段から農民と一緒に働こうとし、田植えの祭りにも参加し…ということをやっており、その人間臭さで領民の人気を得ていたのだ。


「のぼう様」が戦をするのなら、我々農民が助けなければなるまいという反応だ。

戦を組み立て、先頭で戦う家老を信じるのではなく、普段から近い関係にある成田長親を命の危険を冒してまで助けようというのだ。



この事象が表しているのは、「人が従うかどうかは、ある種の信頼関係による」ということではないか。

いくらロジカルに正しく話をしても、信頼関係がないと、額面通りには受け取ってもらえない。

人は、「相手の話している内容+これまで得た背景情報」で話を聞いている。