ターゲティング広告を超えるのは「人」

トム・クルーズ主演の映画「マイノリティ・レポート」で、街中のデジタルサイネージのような広告媒体に、通り過ぎる本人が興味ありそうな広告が出てくる場面がある。 この映画は2002年公開で、初めて見たときには、「こんな未来が来るのか」と驚いたことを覚えている。 そのようなデジタルサイネージでの個人別広告表示とまではいかないが、PCでは、過去の検索履歴やECサイトでの購買履歴、本人の属性に合わせた広告表示が行われるのは当たり前になってきた。 いわゆる、ターゲティング広告だ。 私の場合、仕事の関係で新築マンションを調べることも多く、不動産関連の広告がよく表示される。 ただ、私にとってはちょっとズレた広告も比較的よく表示される。 例えば、中高年を対象とした婚活サイトの広告である。 確かに、私は中高年であるが、既婚であり、婚活は今のところ不要である。 「新築マンションを調べている⇒マンション広告」、「年齢が50台後半⇒中高年対象の婚活サイト」と、訴求は極めて直線的でしかない。 フォードの創業者、ヘンリーフォードの箴言(しんげん)として「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、 彼らは『もっと速く走る馬』と答えていただろう」というものがある。 今のターゲティング広告のレベルは、まだ「速く走る馬」を提案するレベルなのだ。 真に必要なのは、その先の欲求に沿った提案なのだろう。 顧客が「こういうのが欲しかった」という、直接的な要望の一つ先のものだ。 今後は、AIの発達により、プロファイリングがしっかりと行われ、深掘りしたニーズに対する訴求が行われていくのだろうが、まだまだ精度が追い付かなかったり、なぜか釈然としない気持ちを予見するのは私だけだろうか。 しかし、ターゲティング広告は、そこまでは未だ至っていないし、これは人でしかできないのではないか。 人が人と面して、深掘り質問をして、相手の立場から必要なものを創造していく中での提案こそ、真にイノベーティブなものになるに違いない。


20191226 ジェックメールマガジンより

関連記事

すべて表示

第二の人生に備える

コロナ禍の今は、助走している時間すらないようにも思う。 おそらく、助走していた人も、今はその助走ができなくなっている。 助走するにも、方向の定めようがなくなっている人も多いだろう。 今は、新しいことに助走している人たちを応援することが必要な時代なのではないか。こういう時だから

今だからこそ「心理的安全性」の重視

弊社では、リーダーと部下との関係を相互の信頼関係で測るという理論を持っている。 上下の間の信頼関係ができていれば、お互いに同じ方向を向いて、虚心坦懐に話すこともできる。 組織内の信頼関係づくりが有効であることは間違いないだろう。

ばらつきを生かす

工業製品以上に、人間のやることは、もっとばらつきが大きい。 いくら標準化しようとも、人によってやり方や考え方は違ってくるものだ。 ある程度一定のルールややり方で縛られている業務であれば、アウトプットの差は少なくなるだろうが、同じ業務でも人によってそのスピードや手順が変わっているこ